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未来のビジョン

人に感謝される仕事

毎日の忙しさや、 いろいろな不安から、仕事における大切なことをついつい忘れてしまいます。

以前参加した、福島正信さんのセミナーで聞いたお話です。

人であふれた駐車場

私がまだ夢が見つからなかった頃のお話です。

仕事はそれなりにうまくいっていたのですが、働く目的が不明確で、いつも中途半端で、本気になれない自分がいました。

当時、私は新宿に事務所を構えていました。そこから百メートルほど離れたところに駐車場があり、私はいつもそこに駐車していました。

その駐車場には、いつでも元気で明るい、六〇歳を過ぎたばかりの管理人のおじさんが働いていました。年齢に似合わず、シャッキシャッキとした行動で、手際よく仕事をこなしています。毎日のように顔を合わせていましたが、いつもおじさんは明るい笑顔で挨拶をしてくれました。

「おはようございます!今日も天気で、いい一日ですね」

以前は、大手企業で働いていたそうです。その会社を定年になって、退社し、そして家が近くにあるというだけの理由で、駐車場の管理人の仕事を始めたということでした。

ある朝、私が家を出て、車で会社に向かっている時に、急に雨が降ってきました。その時私は、傘を忘れてしまったことに気がつきました。

駐車場に着いた頃には土砂降りになっていました。車の中から出ることもできず、どうしたものかと考えていたところへ、管理人のおじさんが走り寄ってきました。

 私は、雨が入ってこないように、少しだけ窓を開けました。

「傘、忘れたんじゃない。ちょうど今、降り出したばかりだから……。これ持っていきなよ」と言って、自分が持っている傘を、私に差し出してくれたのです。「でも、それっておじさんの傘じゃないの?」「いいんですよ……」

「今日は忙しくて、帰りが遅くなるから、おじさんが駐車場にいる時間に、返せないよ……」「私のことを、気にする必要はありませんよ。とにかく、持っていってください」

 自分の傘をお客さんに渡して、自分は濡れて帰ってもいい。普通はなかなか、そんな風考えることはできないと思います。それを何気なくするところに、思いやりの深さを感じずにはいられません。

管理人のおじさんは、いつもこんな調子で、自分のことよりもお客さんのことばかり考えてくれるような人でした。

 その駐車場は、場所柄もあってか、いつも満車の状態でした。

そして満車になると、駐車場の前に「満車」と書かれた大きな看板を立てて、入口にロープを張って、車が入ってこられないようにするのがルールとなっています。

 実は、管理人さんは、他にも三~四人いて、交代で仕事をしていました。

他の管理人さんが担当している時は、満車になると、看板を立ててロープを張った後は、小さな管理人室で漫画の本を読んだり、一人で囲碁をやったりして時間をつぶしています。 しかし、その管理人のおじさんは、他の管理人さんとは、まったく違っていました。満車になると、駐車場のロープの外に立って、駐車しようと入ろうとする車の運転手に、いかにも申し訳なさそうに、頭を下げて謝っているのです。中には、苦言を呈する運転手もいます。

「やっと見つけたのに、満車じゃ、困るんだよなぁ」

「ほんとうに、申し訳ありません……」

そして必ず、その車が見えなくなるまで、少し薄くなった白髪の頭を、深々と下げ続けています。近くに他の駐車場もないことも手伝って、いつも昼間は満車でしたから、おじさんは、一日中、駐車場の前に立って、どんな苦言や罵声にも耐えながら、謝り続けなければなりません。雨の日も、風の日も……。

そんなおじさんの姿を見るにつけ、私はいつも思っていました。

“あそこまでしても、他の人と、給料は変わらないのに……”

そんなある日、私が普段と同じように駐車場に車を止めようとした時、管理人のおじさんが、いつもとはやや違った雰囲気で、笑顔もなく近づいてきました。そして、少し寂しそうな顔をしながら、次のように言ったのです。

「実は、今週いっぱいで、この仕事を辞めることになりました……」

「えっ!どうしてですか?」私は、びっくりして聞きました。

「実は、妻が肺を患ってしまったので、空気のきれいな田舎で、二人のんびり暮らすことにしたんですよ。いろいろお世話になりました……」

そう言って、私に深々と、頭を下げたのです。

「え~、それは残念だなぁ…….。でもいろいろお世話になったのは、こっちのほうですよ」

 私は、何ともいえぬ寂しさを覚えました。

今日が最後、というその日。

私はちょっとした感謝の気持ちで、おじさんに手みやげを持っていくことにしました。

そして、駐車場に着いた時、私は信じられないような光景を目にしたのです。

小さなプレハブの管理人室には、小さな窓がついているのですが、中がまったく見えません。色とりどりの綺麗な花束がいっぱい積み上げられていたからです。さらに、管理人室のドアの横には、置ききれなくかったお土産が、一メートル以上の高さになるほど、積み重ねられています。しかも、それは二列になっていました。いっぱいの花束と、カラフルな包装紙が、まったく味気のなかったプレハブの管理人室を、まるでおとぎの国の家のように輝かせています。

駐車場の中は、たくさんの人でごった返し、あちこちから感謝の声が聞こえてきます。

「いつも傘を貸してくださって、ありがとう!」

「あの時、重い荷物を運んでくれて、とても助かりました!」

「おじさんに、あいさつの大切さを教えていただきました!」

もちろん、その中心には、おじさんがいました。そして、次々とみんなが、おじさんと並んで写真を撮っていたのです。撮り終えると、握手して、感謝の言葉を告げています。ハンカチで目を覆っている人もいます。おじさんはたくさんの感謝の手紙を抱えながら、ひとりひとりと目を合わせ、何度も何度も、思いを確認するようにうなずいていました。

 仕事最後の日、自分がこれまでどのように仕事に関わってきたかを、まわりの人が教えてくれます。その時、得られる最高のもの、それは人と人とのつながりの中で生まれる感動です。その瞬間、それまでのすべてのつらさや苦しみが、感謝の言葉で包まれ、生きることの素晴らしさを実感することができます。

私も列の最後にならんで、おじさんと話す機会を待ちました。

「おじさん、じゃまになるかもしれないけど、手土産持ってきたから」

「いやぁ、どうもすいません……」何の気遣いもいらないのに、本当に申し訳ありません」「おじさんには、本当に感謝しています。おかげで、毎朝とても気持ちよく仕事をはじめることができました。いなくなってしまうなんて、とても残念です……」

「いえいえ、私は何もしていませんよ。私にできることは、挨拶することと、謝ることぐらいですから。他に何の取柄もありません……でも、私はいつも、自分がやっている仕事を楽しみたい、そう思っているだけなんです……」

「私の夢がついに見つかった!駐車場の管理人になりたい」

私はこの時、本気でそう思いました。さらに、八百屋、本屋、クリーニング屋と、とにかくどんな仕事もやりたくなったのです。

 仕事が面白いかどうかを、その仕事の内容に期待すると裏切られてしまうでしょう。なぜなら、面白い仕事もつまらない仕事もないからです。

“つまらない仕事なんかない。仕事にかかわる人の姿勢が仕事を面白くしたり、つまらなくしたりしているにすぎない”

私は、そんなことを管理人のおじさんから学びました。

 

引用 福島 正信 『人であふれた駐車場』

 

人には向いていること、向いていないことがあります。こんな愛想のいいおじさんに憧れるけど、こんな気持ちのいいコミュニケーションはきっと自分には取れない。

何がよくて、何が悪いかという話ではありません。

人とのかかわりが最高の感動を生んだり、喜びを生むことは百も承知しています。

けれど、こんな風には生きられないんですよね。それでも人とかかわりたいから、自分が役に立つ方法を必死に探すのですけど。